【第四回】尖閣諸島をめぐる中国の主張と日本の進むべき道

なぜ中国は突然、尖閣諸島を主張し始めたのか

尖閣諸島は1895年、日本が正式に領土に編入しました。
日本はその10年以上前から、尖閣諸島がどの国にも属しておらず無人島であることを確認し、
沖縄県の一部として扱ってきました。

 一方、中国が尖閣諸島の領有権を主張しはじめたのは1971年です。
その背景には、1968年に国連のアジア極東経済委員会(ECAFE)が、東シナ海に世界第2位規模ともいわれる油田の存在を示唆したことがあると考えられます。
実際のところ、そのような油田は存在しないのではないかという見方もありますが、
中国はこの報告以降、尖閣諸島の領有を強く主張するようになりました。
中国のこのような主張は資源的な思惑に基づいており、尖閣諸島の問題は単なる領土問題にとどまらず、
地域の安全保障全体に関わる重大な課題なのです。

日中関係を揺るがせた2010年の衝突事件

近年、尖閣諸島問題が大きく注目されるようになった契機の一つが、2010年9月7日に起きた衝突事件です。
尖閣諸島近海で、中国漁船が日本の海上保安庁の巡視船に2度にわたり衝突する事案が発生しました。
この漁船の船長は日本で一時逮捕されましたが、処分保留のまま帰国することになり、国内外で議論を呼びました。

 その後、2012年には日本政府が尖閣諸島を国有化し、問題はさらに複雑化しました。
尖閣諸島はもともと個人の所有地でしたが、国が買い取り、現在は海上保安庁が沿岸を管理する体制となっています。
私はこの国有化を日本の立場を明確にする一歩と受け止めましたが、
それと同時に「所有するだけで本当に守れるのか」という疑問も抱きました。
所有は主張の一形態に過ぎず、実効支配を確立するためには、継続的な管理と発信が必要だと考えています。

国が買って「何もしない」――それで守れるのか

2012年に国が尖閣諸島を購入する前、当時の東京都知事であった石原慎太郎氏は、都が購入し、
独自に活用する計画を進めていました。
私も東京都の専門委員としてこの構想に関わり、海洋環境研究の拠点としての活用を提案しておりました。
 しかし、最終的には国が購入し「開発を行わない」方針を打ち出しました。
結果として、尖閣諸島では調査や管理がほとんど進まず、
実効支配の姿勢が国際社会に対して不明瞭になってしまっているように感じています。

崩れゆく島を守るためにーー未来への提案

現在、魚釣島をはじめとする主な島々は国有地となっており、上陸は厳しく制限されています。
灯台の管理などは海上保安庁が行っているといわれていますが、詳細は公表されていません。
 
 一方で、ごみの漂着や繁殖したヤギによる植生被害など、環境面の深刻な課題も明らかになりました。
尖閣固有の生態系が崩れつつある現状を前に、私は、もはや海上保安庁だけでは対応が困難な場面も想定されると感じております。
私は民間の立場から3年間にわたり海洋調査に携わり、ドローンや海水分析を通じて、島の環境変化を記録してきました。
石垣市による上陸調査の要望もありますが、現在のところ実現には至っていません。
国際調査チームの組成や、法整備を含む体制強化が急がれると考えております。
また、尖閣諸島を「海洋保護区」として国際的に位置づけることで、世界からの監視と連携を得る体制づくりを提案しております。
実効支配を明確にしつつ、国際的な正当性も併せ持つ道が、平和的かつ持続的な抑止力につながると信じています。

この記事を書いた人

山田 ヨシヒコ

学習院大学経済学部を卒業後、東洋信託銀行㈱にて都市開発および債券トレーディングを担当。
その後、財団法人日本船舶振興会に勤務し、海洋問題や造船技術開発を担当。2009年に東海大学教授に就任し、2019年から2023年まで、東海大学学長補佐・静岡キャンパス長を務める。国土交通省や東京都をはじめ、各機関において政策アドバイザーを歴任。